(第−9号)

ふぉとこみ通信

 

「新品同様」と言う名前の彼女

僕がまだ若い頃会社帰りの蒲田の街角には当時としてはかなり大きなカメラ店が有りました。
帰宅途中かならずその店のウィンドゥを横目で眺めながら駅まで歩くのですが、飾られているカメラはどれも最新型で「どうだ、凄いだろ!」と街行く人の視線を自分に向けようとしています。
その中にチョッと小柄で可愛いカメラがあるのですが、何故かほかのカメラと違って街を行きかう人の中から誰かを一生懸命探している様に見えます。
いつも気になっていたので有る日ウィンドゥの前に立ち止まり、その小さなカメラに話しかけてみました。
「君は一体だれを探しているんだい...?」
勿論答えてくれませんでしたが、良く見ると彼女(カメラですが僕には女の子だと感じました)の横に小さく「新品同様」と書かれた紙が貼られています。
あッ!そうか...君には持ち主がいたんだ。そんなに一生懸命探している所をみると、きっと大好きな持ち主だったんだネ。
なんで別れてしまったの、何か有ったの....?
持ち主に不幸な事でも有ったのかな?などと勝手に考えてしいます。いつか新しい買い手が現われるのでしょうが、元の持ち主みたいに良い人にめぐり合えるのか心配になってしまいます。
「大切な人が居たことを忘れるには時間は掛かるかと思うけれど、僕の所に来てみないかい」と彼女に話かけてみました。
エ〜と、君の名前は...オリンパスOM−2か。
新品同様の中古カメラと言っても価格は当時僕の給料の何倍もします。
お店の方に相談して5回位だったかナ...?の分割にしてもらい、彼女は僕の家にやって来ました。
しばらくはもらわれてきた子猫みたいに少し臆病で中々手になじんでくれません。
「そうだよナ〜、元彼が居たんだからしかたないよネ」
とにかく何処かに連れて行ってあげようと思い、それからは僕の車の助手席は彼女の指定席となりました。
そんな彼女が始めて話しかけて来たのは意外な時でした。
僕の家の前に細い路地が有り、向かいの家のおじさんから姪に当たる女の子を紹介され、亀戸天神に彼女(二人になっちゃいました)を連れて初デ−トをして家に帰って来た時です。
「いい子じゃない....明るくてサ」
「なんだ、やきもちか?」「しょうがないヨ、君があの子と一緒になるのはもう神様が決めちゃっているんだから」
「フ〜ン」...「エッ!」
それからしばらくして、明るくて元気なもう一人の小さな彼女が我が家にやって来ました。
仕事の関係で出張する時も何時もカメラの彼女を連れて行きました。
スキ−場の造設計画地の調査で厳冬の冬山へ。
林道工事の立会いで木こりさんと何日も山中で泊まったり。
自衛隊の演習地では隊員の方と野営したり。
今考えると男臭い所ばかりでした。
そのせいか?彼女は女の子のポ−トレ−トを撮るのが苦手と言うか嫌いみたにです。
撮影に行く前からムスとしてファインダ−を覗いても何時もの様に話しかけて来ません。そんな時は別のカメラ(ニコンのF3)を持って行きます。
とにかく彼は女の子が大好きです!(笑)
僕は長い事エンジニアをしています。
多くのエンジニアの方々も同じだと思いますが、エンジニアの特技と言いますか職業病といいますか....何故か機械と話が出来ちゃいます。
良く長く使っていると機械でも愛着が湧くと言われますが、カメラだって可愛がっていればこちらに愛情を注いでくれます。
昨年の夏、つくば祭りにGパンの後ろポケットにフィルムを3本入れて彼女を連れて行きました。
3本目を撮り終えた時しばらく使わないから彼女をしまっておこうかナ?と思った途端、フイルムを取り出そうとしても裏蓋を開けてくれません。
「ア〜聞かれちゃったヨ!」まいったナ〜....
ゴメン、ゴメン「何時も見える所に置いておくからフイルム出してくれヨ」
「絶対だからネ!」
「約束しないと開けないヨ!」
これが彼女の愛の形です。

Photo Communication 事務局